私、林 邦宏はAlbert Charles du Bousquetの曾孫としてライフワークとして曾祖父を調べております。
ちなみに林は祖父三男 Charles Arthurが1907年帰化し林 治信と改名しフランス語で似た林を表すBosquetから林という姓にしたと推測しております。
du Bousquetに関して関東大震災や戦災で多くの物を焼失してしまい、皆若くして亡くなり関心を持った時は殆ど情報を得ることが出来ませんでした。
唯一、学術的見地から研究されてる大阪大学名誉教授 文学博士 梅渓 昇先生や朝日新聞論説委員をされてた篠原 宏先生からの著書から多くを学びました。
ブログを作ることによって、もしどなたか情報をお持ちでしたらと期待して立ち上げました。
Albert Charlesは法律家の父Gustave ArnordとベルギーのOrban家から嫁いだ母Carolineから6人きょうだいの3男として1837年3月25日ベルギーで生まれました。
Albertの祖父はナポレオンの多くの野戦に参加したフランス陸軍病院長Ambroise Michelです。
1855年フランスに戻りサンシール士官学校に入学、卒業後少尉に任官され1860年英仏連合軍の北京戦争に従軍、1866年第三十一歩兵連隊司令官となり十四代将軍徳川家茂の要請でナポレオン三世の命により第一次遣日フランス軍事顧問団に選ばれました。
1866年(慶応2年)11月19日マルセイユ港をメッサジュリー・アンぺリアル(帝国郵船)の郵便客船ラ・ペリューズ号で出発ししました。エジプトに向かい途中鉄道に乗り換え11月27日スエズよりメッサージュ・アンペリアルのカンボジア号に乗船し出発し、航海中は東アジアの歴史と地理を教えていました。
12月27日に香港に到着しアルフェ号に乗り換え上海経由し出港。
1867年(慶応3年)1月13日横浜港に52日間の航海の末上陸しました。
続く